通訳訓練

通訳訓練をご存知ですか。

通訳というのは日本語と外国語が両方できればOKという単純なものではなく、その語学力を最大限に生かす専門訓練が必要です。

そうした訓練は語学学習のつきつめた形といえますから、通訳になるならないに関係なく、きっと役に立つはず。勉強に取り入れない手はありません。

通訳についての書籍は英語のものはたくさんあるし、中国語も何冊かあります。通訳訓練の方法というのもその中に書いてあるのでやってみるのですが、自分でやっているんじゃ合ってるのかどうかわかりません。わからないからやる気も出ない。これは一度、ちゃんと訓練を受けたほうがいいんじゃないだろうか…

そこで私は一念発起、上京して「短期集中通訳入門講座」を受けてきました。私の通訳訓練体験記をどうぞ。

受講前

東京ではいくつかの学校で中国語の通訳コースがあり、夏や春に集中講座をしています。インターネットでそういった学校のHPを見ているとき、ちょうど都合のつけやすい集中講座を見つけました。

実はもう締め切りを過ぎていたのですが、電話をすると「今からでも受けつけますよ」との返事で、申し込むことに。銀行でン万円を振り込むときは「これで全然ついていけなかったら…」と不安もよぎりましたが、そんなことを言っていてはいつまでも前にすすめません。ATMの確認ボタンを押した瞬間に私の通訳体験講座はスタートしたのです。

1日目

学校には早めに到着。1番のりです。緊張しながら待っていると、そのうち同学たちが1人、2人…みんな若い子ばかり。

時間になって先生がいらっしゃいました。さっそうとしていて、笑顔が明るいすてきな先生でした。まずは自己紹介。「ああ、わざわざ札幌からというのはあなたね」という一言でちょっと緊張がほぐれました。

次に授業の進め方。事前にグロッサリーをもらって予習をする、授業では適宜テープ録音をする、その課が終わってからスクリプトを配布。「今回もこのやり方です。グロッサリーの予習が大変だけどがんばって」

それから通訳概論。通訳の種類など、いろいろな説明を聞きましたが、一番印象に残ったことは「絶対必要なのは語彙力、幅広い背景知識、母語のレベルアップ!」

そしてすぐに実際の訓練。まずはシャドウイング。テープを聞き1、2秒遅れながら同じことを言っていく訓練です。教材は工場見学の会話でしたが、なんとこれが全然できない。文がとぎれるたびに再スタートだっ! とばかりに言いはじめるのですが、文字にして10文字もいかないうちについていけなくなります。

ほかの人も初めてでできない人が多いらしく、最初からもう1回やったのですが、やっぱりできない。ヘッドフォンを通して先生が「あきらめないで、とにかくついていって」と励ましてくれますが、もうパニックになって泣きそうです。

テープが止まると先生が全員に「できない? それは今までやったことがないからよ。とにかくやってやってやりこんでください。必ずできるようになります」

そして、今聞いた教材を1文ずつ日本語にしていく逐次通訳。「余計な言葉を入れないでください」「途中まででやめるのは絶対だめ、きちっと言い切る」「もっと大きな声が出ませんか」意外にも注意されるのは、しゃべり方についてがほとんど。とどめは「訳は合ってる。でもお金のとれる日本語でしゃべってね」

最後に分訳の方法について。頭からだらだらと訳していくのではなく、文をSVO(主謂賓)に分析して訳すという訓練です。いつもの教室の通訳訓練でぐちゃぐちゃの文になってしまうのはこれができてないからだと思い当たり、とても勉強になりました。

2日目

今日は日中訳の授業。中国語ネイティブの先生です。

最初に昨日もらった補助教材(新聞記事)の朗読。発音のくせなどをチェックしてもらいます。「みなさんぐらいなら速く読もうと思えば読めると思いますが、むしろゆっくり読んで自分の発音のよくないところをさがして直してください」

次にリテンション。この新聞記事の朗読を文字を見ないで聞き、その後自分のことばでまとめて言います。聞いたことをメモをとらずにどれだけ覚えていられるかという短期記憶の訓練です。メモのとり方も通訳にとっては重要だけれど、メモはあくまで補助であって、覚えられるなら覚えたほうがいいとの話がありました。

それから今日の教材のグロッサリーを検討した後、訳に入ります。今日は中国代表団のバスの中での日程説明。1人1文ずつ、順番に訳していきます。グロッサリーもあるのでなんとか中国語にはできますが、「んー、わかるけどそうはあんまり言わないわね」と何度も言われ、いかに適当な中国語しかしゃべれないか思い知らされました。

適切な訳語を選べないこと、動詞を名詞として使うなど品詞を間違えることが致命的で、語彙不足以外のなにものでもありません。

同学の中に、北京で仕事をしていて夏休みに帰省したついでに講座を受けている人がいたのですが、私がやるとくどくどと説明調になってしまうところをすらっと訳していてやはりとても上手でした。

帰ってから忘れないうちにと書きなぐったノートを整理し、自分なりの「模範訳」を作成しておきます。3回ほど声に出して読んでみてから今日は終わり。

3日目

昨日と同じ先生の日中訳。今日の教材は東京の観光案内ですが、グロッサリーがとても多く、「アクアシティお台場」「カレッタ汐留」といった固有名詞や「未来都市」「産業の空洞化」といった辞書に載っていない時事用語もあります。

昨日と同じく、1文ずつ訳していきます。今日の教材は1文が昨日のものより長く、文の構造がすぐめちゃめちゃになってしまい「動詞が2つありますよ」「○○はどこまでかかってるの」といった指摘が次々に出ます。

今日も「主謂賓に分析してからしゃべってください」と同じ注意を受けました。

とはいえ、昨日よりずっと進み方が速くなっています。先生のほうであまり細かいことを直さずに進んで行かれていたのかもしれませんが、終了後に訳出前の日本語の文章をもらって思ったより分量が多いのに驚きました。少しは訳すことに慣れてきているのでしょうか。

4日目

今日は初日に見てくださった中日訳担当の先生です。補助教材は数字の入った文章。中国語は英語のように位取りが違うことはありませんが、聞いていてすぐにわからないことが多いですよね。数字は前後関係から想像することもできないし、絶対間違えてはいけない情報ですから、数字を聞き取ること、言うことの訓練は重要という話がありました。

今日は中日訳です。まずは先にシャドウイング。内容が美術館での説明でちょっと難しく、テープのスピードも前回のものよりかなり速いので、まずスクリプトを先にもらいました。それでシャドウイングするのですが…やっぱりできない。スクリプトを見ながらでもできないというのは情けない話です。

「シャドウイングのコツを教えます。1つのものをできるまでやることです。できないのに次のものをやるといつまでもできないままです。今回のやつもテープに入ってるから帰ってからやってね」

そして逐次訳。もうスクリプトをもらっているのでそれを見れば意味はわかります。1文ずつ訳していくのですが、やはり日本語としてどれだけこなれているか、細かいところまでチェックされます。

教材の中に「许多画在国际画展中得到了金牌」という文があり、私があたりました。「たくさんの絵が国際コンクールで金賞を獲得しました」と訳したところ、「金牌でしょ? 金メダルじゃないの?」との指摘。うわっ、と思いながら「絵だから『金メダル』は使わないと思いました」と答えると、先生はにこっと笑って「よくひきずられなかったわね」と一言。

バンザイを叫びたいくらいうれしかったです。

授業のあと、先生が「帰りにビール一杯飲みたい方、ご一緒しましょう」とのお誘い。先生と私、ほかに同学2人で駅のそばでしばしおしゃべり。先生の通訳学校時代や修行時代の話を聞いたり、それぞれ受講した理由や目標を話したり。楽しく、充実した時間でした。

5日目

いよいよ最終日。昨日は一緒に楽しい時間を過ごし、親しくさせていただいた先生。最後の授業をしっかりやりたいと思います。中日訳からは昨日の美術館を、日中訳からは日程説明を使って「一応完全な形で訳したものをテープにとりましょう」ということでチャレンジしました。

美術館は昨日やったばかりですし、毎日やっているせいもあってかなり順調です。何回かやり直しはしましたが、最後には「みなさんほんとに上手になりました。正直、初日はどうなるかと思っていた」と言っていただき、完全版テープも完成。

その後、実際の通訳の形式を体験するということで、2人が前に出て1人は中国語の文を読み、1人はその後ろに立ってメモをとりながらそれを日本語に訳すという練習もしました。ここでも「メモをとるのに紙だけもっていったんじゃ書けないわよ。台にするノートか何かが必要でしょ」「話している人の真後ろに立ったら声が聞こえない。斜め後ろに立ってください」と実際的な注意が出されます。頭ではばくぜんと想像していたことですが、実際にやってみると気づいていなかったことが出てきます。ほんとうに細かいところまで徹底的に注意を払ってやらなければならないものなのだ、と身のひきしまる思いでした。

最後に1人ずつ、講評をもらいます。私は「四声がちょっと不安定ね」と言われ、びっくりしました。いつも教室で先生に言われていることと同じだったからです。たった3日間、6時間見ていただいただけなのに、プロの前では丸裸。参りました。

「最後に1つ。今回のテープ、必ずあとで聞いてください。それからまたスタートです。お疲れさまでした」

受講後

テープを聞きました。

自分では結構しゃべれていたと思った最終日の「完全版」もボロボロ、まして初日のシャドウイングなんて…顔から火が出るとはこのことです。

でも、何かやらなければと思い、授業で使ったNHKニュースのテープでシャドウイングをしてみました。もちろん最初は全然できなかったけれど、1日20回くらいずつやっていたら1週間くらいしてできるようになりました。もう覚えてしまっていたのかもしれませんが、できたときはうれしかった。最近は毎日ではありませんが、引き続き練習しています。

それからTVを見ているとき、ニュースなどきちんと文になったものを頭のなかでSVO(主謂賓)に分析する練習もやっています。ずいぶん手抜きですが、思いついたときにすぐにできて負担がないので割とよくやります。

こんなことくらいで受講したかいがあったと言えないかもしれませんが、小さな前進でしょうか。

ハードで、楽しくて、勉強になった5日間。きっといつかまた受講してみたいと思っています。