給食

約2年半ぶりにまとまった日数の通訳をさせていただいています。あまりに久しぶりで、私にまだ通訳する力があるのか?と心配していましたが、初日こそ頭がバクハツしそうだったものの(偉い人の表敬があったことと、結構長時間の座学があったせいもある)、2日目以降はなんとかやれそうかな~という状態になりました。

中→日では、今回はなまっている人はいないですが、ぼそぼそと聞き取りにくいしゃべりの人がいて、若干聴き取りに苦労する場面があります。日→中は、相変わらずボキャブラリーが少ない。こちらは久しぶりということもあって、少々深刻です。いつも似たような言い回しでしゃべってしまうので、何か別の言い方をしようとして、自滅するというパターン。なんとかしたいですが、すぐどうなるものでもないので、「ガンバル」しかありません。

今回は、あちこちの学校を視察させていただいています。日本の給食体験…ということで、ある中学校で給食をいただきました。以前、小学校で給食をいただいたことがありましたが、あまりの量の少なさに「子どもってこんなもんしか食べないのか」と衝撃を受けたことを覚えています。今回は中学校なのでボリュームも十分。別の地域から来た先生によると、この地域の給食はおいしいんだとか。中国代表団の方も「おいしい」と残さず食べていましたよ。

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通訳はこういうふうに色々な経験ができることが何より楽しいです。残り数日、「ガンバル」しかないです!

今度は

腰痛の苦しみから解放されたと思ったら、手首にガングリオンができました(泣)。前兆もなく、ある日手首を見たらボコッと。それともそれらしい前兆があったのに気づかなかったんでしょうか。

日常生活に差し支えるわけではないですが、腕や手の甲がうすーくズキズキします。大きくなって神経に障るとすごく痛むらしいので、病院に行かなきゃダメですね。

でも今週は連休で病院がずっと休みの上に、来週から2年半ぶりのまとまった通訳の仕事が入っていて準備に追われているので、病院に行ってる余裕がない。仕事終わってからにするしかなさそうです。ちょっと先だなあ。

それにしても、なんか体調の悪い話題ばっかり。もう少し景気のいいブログを書きたいです。

 

「昭和最後の日: テレビ報道は何を伝えたか」

こうして読み返すとマスコミの報道は異常だった。毎日毎日1秒を争って報道する必要なんてあったのか。宮内庁の発表を伝えるだけで十分だったんじゃないのか。
と同時に、天皇が亡くなるのはテレビにとって初めての経験で、どう伝えるのが適切なのかわかっていなかったのだろう。今後はもっと冷静な報道になるはずだ。
もう1つ、昭和というのはそれだけ特別な時代だったのだと思う。私自身も、昭和最後の日の当事者の1人だった。

脱腰痛

1か月以上前に恒例の腰痛でへたれましたが、その後は定期的にマッサージで身体のお手入れをし、無理にでも外に出て歩くようにして、かなりよくなりました。

今年は長期にわたる翻訳プロジェクトに参加していて、途切れなく仕事が来るので、授業のない日は(時には授業のある日も帰ってきてから)PC前に座っています。私は仕事をやり始めると、あと少し、あと少しになっちゃって中断できないタイプ。ちょっと腰が痛くても寝れば治った頃は、気が済むまで根を詰めて仕事をしてましたが、もうそんなことはできません。座っている時間が長時間に及ばないように、途中で必ず動くことにしました。

でも、「だったらウォーキングを楽しんじゃおう!」とシューズやウェアを揃えて、とかはできないんですよ。そこまで本格的にやるなら、1日の翻訳を全部終わらせて、気分すっきりでウォーキングしたい。そうすると、1日分が終わるまではPC前に座りっぱなしになっちゃいます。

なので、翻訳が半分とか切りのいいところとか、ある程度終わったところで買い物に行くことにしました。毎日違うスーパーまで歩いて、1日分の食材を買ってくるんです。あまりウォーキングにはならないけど、どうせ買い物には行くんだし、とにかく少しでも歩いたほうがいいし、仕事の気分転換ですから。こんなふうに腰痛でへたれるのを防いでます。

多少はいいこともあって、食材を買ってきたからには使わなきゃならないので、最近、夕食の品数が増えてます。それに冷蔵庫には必ず常備菜が入ってる状態になったので、お昼はそれを出してくればいいだけ。午後1時2時まで翻訳して、お腹がすいてから「お昼どうしよう~」と考えるなんてことはなくなりました。その分仕事に集中できるといえなくもない。

ま、どれをとっても微妙で消極的な変化ですね。もう生活リズムをがらっと変えられるほど若くないんだなあ。でも、このわずかな差が最終的には大きな差になると思いたい。目指せ、脱腰痛です。