帰国して

帰国前後になって本格的に風邪をひいてしまいました。雨が降れば20度以下、晴れれば30度以上を繰り返す西安の気候に体がついていけなかったようです。基本「辛い」「しょっぱい」「油っこい」でできている料理もあまり受けつけず、自分で思っているよりも食べられなくて、体力が落ちていたのかもしれません。

いずれにせよ、日本に戻って米を食べて寝て復活しました。帰国前後は熱でフラフラしてそれどころではなかったので、逆カルチャーショックもなく、熱が下がったら中国へ行っていたのがウソのように日常生活に戻っていました。

ありがたいことに、帰国するなり、休む間もなく仕事です。しかし、尖閣問題でちょっと雲行きがあやしくなっていて、キャンセルになる可能性、なきにしもあらず。経済的にはイタイですが、しかたがないですね。このへん、妙にあきらめがいいです。

それよりも、今後の太極拳の練習について考えなければ。雨の心配も場所さがしの苦労もない中国人から見れば「朝起きてそこらの公園で練習すればいいじゃん」てな感じですが、日本の都市部(しかもまもなく雪のシーズン)においては、手頃なねだんで定期的に練習できる練習場(室内)を確保するのは至難です。

それから、中国語で小説を読むことがほとんどない私には珍しいことですが、中国にいる間、宮部みゆき『火車』の中国語訳を読んで、ちょっとはまりました。これまで中国語の小説がおもしろいと感じなかったのは、中国語だからじゃなく、単純に小説がおもしろくなかったのかもしれません。ほかの宮部作品も読んでみようかなと思います。

火车

西安外語

西安滞在の最後のほうになって、留学していた西安外語を再訪しました。

私がいた2005年9月から大学の本体は郊外の新キャンパスに移ってしまい、元の場所にあるのは外国人向けの漢学院と、社会人のための継続教育学院などになっています。すでに市内には「外語大郊外キャンパス行き」のバスが開通していて、元のキャンパスはすっかりさびれているのでは…とびくびくしながら出かけましたが、そんなことはなく、以前より人は減ったようでしたが、ベンチでテキストを音読する学生も相変わらず健在で、なんだかほっとしました。

とはいえ、外国人や社会にいったん出て大学に戻った人を対象にしているということを反映してか、大きな変化も。

まずは第2学食。当時はこんな雑然とした様子でしたが

2第2学食

それがガラス張りのおしゃれなレストランに変身!

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建物の向こう半分は「学生超市」になっており、ケーキの並ぶガラスケースもありました。もうてくてくと表のスーパーに行く必要はなさそうです。

反面、当時はこんなににぎにぎしく運動会が行われていた運動場が

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こんな草っぱらにっっ!

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たしかに、もう体育の授業の必要性はないんですよね。しかし、さすがにこれにはショックでした。やっぱりさびれているといえなくはないかも……

第4週 西安

最終週はさすがにあわただしくなりました。

まよっていた本を買いに行ったり、その本を郵便局へ送りに行ったり(半日仕事)、日本へのおみやげを見に行ったり(これが苦労…)、お世話になった方へごあいさつに行ったり、お礼のお食事会をやったり、お別れお食事会に誘われたり、そんな感じでアタフタと過ぎて行きました。

ほんとに中国は個人と個人のつながりで成り立ってるなあと感じます。こういうところで義理を欠くと次に来たときにまた1から足場を固めなきゃならないんだよなあと思いながら、ちょっと疲れがたまって風邪気味の体にむち打って交際に努めました。

日本の魚が食べたくなってきたりして、昔はそんなことはなかったのに、やっぱり年かなあ。こんな長期で気ままな滞在は、これが最後かもしれません。

第3週 西安

西安に戻り、中国滞在も3週間。やっと慣れました。留学したときは、後半になって「なんとか慣れたなあ」と思えたので、やっぱり早いですね。

今回の滞在で思ったのは、中国語学習者という立場で留学するのと、中国語で仕事をする立場で中国にいるのとでは、中国の見方が違うということです。以前も背景知識は重要、中国を知らなければ言語だけできてもしかたがない、とは思っていたのですが、実際に仕事として中国語で中国にかかわるようになってみると、表面だけしかわかってなかったと思います。今メインにしている仕事は、生の中国を知らなければ務まらないところがあるので、よけいそう思うのかもしれません。

中国語力をもっとつけたいということも、今回強く思いました。それはずっと思っていることですが、どんな勉強をし、どんなところを強化していけばいいのだろうと、考えていたのは「学習法」ばかりでした。聞き取り、会話力、語彙…どこをとっても足りません。方法論で解決するものではなさそうです。

さて、今週はこれといって残念な人は見つかりませんでした。滞在が長くなり中国文化の人になって、残念と感じなくなってしまっているのかもしれません。日本人として中国という異文化をおもしろがる、という視点がなくなってしまうというのもまた残念ですね。

まあ、日本に戻ってしばらくすればまた日本文化の人になるでしょう。それは中国語の「感覚」から遠ざかることでもあって、複雑ではありますが、今の私にとって、中国や中国語はそういう位置にあるものなのです。