「生物学個人授業」

いやいや、おもしろかった。とくに、細胞と細胞がなぜくっついているのかの研究の話。心臓の細胞とか、腎臓の細胞とか、同じ種類の細胞どうしはくっついているわけだから、ガン細胞どうしをくっつければ一箇所に集まって転移しないので、そこを手術でとってしまえばいいというわけ。

…研究者ってすごいこと考えてるんですね。

プールへ

たぶん、7~8年ぶりに泳いできた。雪のない季節は河原ウォーキングをやってたんだけど、ここんとこひざが痛くて歩くのがイヤ。きっと太極拳のときに変な動きをしてるんだと思う。どうも太極拳って性に合わないんだよなあって、20年以上もやってるのに。

ということで、水泳。うれしいことに前の水着も着られた。みんな(昼間プールに来ているおばさまたち)はもう太ももまである水着を着ている。さすがだなあ、おばさまたち、お金持ちだし、流行に敏感だ。

近所の市営プールは25メートルと50メートルがある本格的なところ。あまりに久しぶりなので、50メートルに入るのはまずは遠慮することにした。

以前と変わったのは、水中ウォーキングコースができていたことである。けっこうたくさんの人が黙々と歩いている。これはうれしい。ということで、アップがわりにまず歩く。300メートルほど歩いたところでおそるおそる泳いでみた。

25メートル通して泳げなくなってるんじゃないかと思ったけど、そんなことはなく、あっさり泳げた。やっぱり忘れてないのね。安心して、1分30秒サイクルで25メートルを20本、500メートル泳いで10分ほど休憩し、もう1回25メートルを20本泳いだ。久しぶりだし、明日起きられないと困るから、1000でやめとく。

その後、50メートルプールのほうのウォーキングコースでクールダウンがわりにもう700メートル歩いた。これがね、きつかったんすよ。水深もあって、水の抵抗が強いもんだから。歩き終わってプールから上がったら、全身が鉛のスーツを着ているような重さ。水中では身体が軽くなるってことは、空中では重くなるってことなのね。

久しぶりに楽しかった。これっきりにしないようにまた行こう。

2回目の写真教室へ

写真でもはじめようと写真教室に行ってからすでに数ヶ月、やる気はないわけじゃないけど、撮っても撮ってもうまくならない腕に嫌気がさし、カメラをもつ回数も少なくなってきていたこの頃。ちょうど、近所の地区会館で入門デジカメ教室があるというので、久々に参加してきました。

今日は再びカメラの基本を学んで、近所の小公園へ花の撮影に。あいにく小雨だったんですが、雨粒をのせた花びらもそれはそれで美しく、9名ほどの参加者は1時間ほど夢中で撮影。私は今回、スーパーマクロを使った接写を教えてもらいました。驚くほど寄れるんですねえ。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

来週は、これまでに撮った写真から20枚ほど選んでプリントし、それをオリジナルアルバムに仕上げる予定。2回の講座、プリント代・アルバム代込みでなんと3000円。ものすごく楽しめます。

ところで、今日の先生の話でおもしろかったこと。

デジタル画像の保存形式はどんどん変わっていて、先生がデジタルカメラを使い始めた1989年ごろから数年間の写真は、すでに機械がなくなってしまって見られなくなってしまったんだとか。今のところはCD-Rに焼くのが一番確実だけど、それもいつまで続くかわからない。ましてや、カードに入れっぱなし、パソコンに入れっぱなしだとなくなってしまう危険性がものすごく大きい。

これから10年20年して、結婚式で「モニターで新郎新婦の生い立ちをご紹介します」というときに、「残念ながら新郎の1歳から5歳までの写真は、パソコンが壊れてなくなってしまったため、お見せできません」なんてことが大いにありうるのだそう。「父ちゃん、なんでプリントしておいてくれなかったんだよお」

結局のところ、今考えられる最良の保存方法は、やっぱりプリント。「明治時代の写真だって見られるでしょう」と言われて、データが消えてしまうよりはセピアの写真が残っている方がはるかにいいと納得しました。

折り返して

雨が続いている。蝦夷梅雨というんだそうだ。私が札幌に来た頃は、こんなにしとしとと降る雨はほとんど見たことがなかった。どちらかというとこういう降り方が好きなので、札幌は雨が降らないなあとよく思ったものだ。

なぜこういう雨が好きかというと、静かだから。雨の音で足音が紛れやすくなるらしく、いつもは考えないようなことが突然やってくる。

今日はふと、何ヶ月か前のことを思い出した。年齢がわりあい近い、仲のいいメンバーで飲んでいたんだけど、なぜだか「自分たち、もう折り返したよね(何を折り返したかわからない年齢の人は、この先読む必要なし!)」てな話になった。

Aさん「自分はまだまだ若い、もう一発何かやりたい」

Bさん「自分は、もう一発何かやりたいと思ったとき、これまでやったことのない新しいことをやるのは、ちょっともうキツイなあと思う」「自分が今までやってきたこの分野で、何かをやりたいという色気はまだあるんだけど」

たぶんこんなお年頃の人ならピィーンと来ると思うけど、Bさんの方がちょっと年上。何かもう一花咲かせたい、でも新しいことへのチャレンジも選択肢の中に入るのか、それを選択肢に入れるのはキビシイと思うのか、このへんが微妙なところである。

私もどっちかというと、Bさんの方ですかね。これまでにいろんなことやってきたけど、何をやるにせよ、人に「○○やってます」と偉そうに言うことを自分に許せるようになるまでには、それなりの年月とエネルギーが必要だということが身にしみている。これから新しいことをやるっていうのは、時間的に余裕もないし、もうキツイんですわ。

ただ、もう自分には新しい道はないのかと思うと、いやまだまだそんな年ではないとムキになりたいところもあり、それで今やっているこの分野でもう一花咲かせたいという気持ちにもなるわけ。もう一花ったって、何をどう咲かせるのか、皆目見当もついてないんだけどね。

な~んていう飲み会を思い出していた。雨のせいなのか、それとも、ただ単に仕事もなくヒマなだけなのか。

「通訳者のしごと」

toranekoさんのサイトで紹介されているのを見てさっそく買って読みました。岩波ジュニア新書はジュニア向けといってもレベルが高いものが多いのですが、この本も読み応えがあっておもしろかったです。

通訳をやらせてもらうようになってだんだん思うようになったのは、この仕事は単純な語学力の延長だけではないということ。

じゃあお前はどうなんだと言われると「ゴメンナサイ、がんばります」としか言えないレベルですが、「何かが違う」ことをばくぜんと感じ始めています。

だからよけいなのかもしれませんが、読んでいて思い当たることがたくさんありました。同時に耳が痛いことも、自分はこれから通訳としてやっていけるのかと怖くなることもたくさん…。

結論。中国語の勉強、しようっと。