ナイスなメッセージ

ゆうべ『北京バイオリン』のあとの中国紹介コーナーみたいな部分を見ていたら、公園でさまざまな活動をしている老人たちが映っていた。

その中に太極拳をやっているおばあちゃんがいたんだけど、そのおばあちゃんのTシャツの胸に「我讲究生命的质量」と書いてあった。直訳すれば「私は生命の質にこだわる」。

ほほー、そうきたか。

日本だったらここまで直接には言わない。せいぜい「今が青春!」とかかな。

中国の直球な表現にも慣れ、日本の「いきいきシルバーライフ」みたいな、何がなんだかわからない表現には「はあ?」と思うことも多い。

いいですね、生命の質。ぜひこだわっていただきたい、おばあちゃん!

寻短见

自殺する

“寻”は口語では、xúnではなくxínと発音されることも多いそうだ。
こういう表現いいですねえ。“寻”という字がいかにも生き急いで、自分から死を求めていく感じがしますね。勝手な解釈なんですけどね。
ところで、辞書には“寻短见”を慣用語としてひとまとめにしているものもあったけど、“寻//短见”としてあったり、

短见是万万寻不得的

という《阿Q正传》の一節を挙げてある辞書があった。こういう解説は、学習者にはありがたい。
ネットでは、自殺志願者のニュースがいくつか見つかり、

欲寻短见

となっているものが多いので、これはこれでひとかたまりで使われるんだろう。簡潔でいい表現だ。

何かしようか

仕事が少し、ほんの少ーし落ち着いてきているので、気が大きくなったというか、欲が出たというか、新しいことを勉強したくなっている。

いくつか候補があって、ネットで情報を探したり、書店で関連する本を立ち読みしたりしているんだけど、どれもパッとしないというか、ひらめくものがなくて、なかなか決められない。

そんなに自分のやってみたいことが天から降臨してくるみたいに、ひらめきで決まることなんてないとわかっているんだけど。

あとは、勉強に手をつけたら忙しくなったり、精神的に落ち着かなくなったりして中断したときがイヤ。完璧主義ではないつもりなんだけど、水を差されると機嫌が悪くなるっていうか、やる気がなくなってしまう。そうすると、そんなにやりたいわけじゃなかったのかなあなんて思ってしまう。

こんな調子なのに、なぜか武術と中国語は紆余曲折ありながら続いてるんだよね。不思議です。

それとも、武術と中国語にこれだけ時間とお金とエネルギーをかけてるんだから、ほかのものは中途半端になってもいいんじゃないの、と思ったほうがいいのかな。

そんなわけで、ぐずぐずしています。何か手をつけ始めたら報告します。

「米原万里の『愛の法則』」

飛行機の中の時間つぶしに買ってみました。結局飛行機では寝ちゃって半分しか読めなかったんだけど、帰ってきて寝る前に最後まで読みました。

講演集ということだけど、わかりやすい文章で、多少のリライトはしているのかもしれないけど、しゃべりのプロだなあとしみじみ感じました。面白かった。

仕事です

また東京に行ってきました。いやー暑かった。昼間の気温37度。ここまで暑いとむしろ潔さを感じますね。昨夜戻ってきたら、千歳空港近くの看板にくっついてる温度計は16.4度を示していました。温度差20度。ここまで涼しくなくてもいいのに。

今日は朝から久々の翻訳依頼が入りました。東京から帰ってきてからでちょうどよかった。1日違いで断らなきゃならないなんてことがあって、フリーはいつでもスリル満点1)”仕事が入ったからご満悦のようです

さっそく、がんばります。

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1. ”仕事が入ったからご満悦のようです