こんなマニアックな

今日のNHK中国語ニュースの最後の1本、すごいマニアック。「最後の皇帝、ニコライ2世の母の遺体がロシアに帰る」ってやつ。

固有名詞ばっかで聞いてて何がなんだかわからなかったので、サイトにアップされたのをあとから見て、それから検索したら、見つかりました。俄悲情皇后要回家了 日本じゃ全然報道されてなかったみたいだけど、こんなニュースあんのね。

NHK中国語ニュースは日本の政治経済か国際情勢がほとんどだけど、たまにニュースがあんまりない(らしい)日には、こんなのがあったりする。今日はもしかして、なんかおちゃめなのやってるかも…なんて期待して、ついつい聞いちゃうのです。

高起点

最近、よく中国のニュースでよく見る語に「高起点」がある。

すでに1999年には人民日報にに「“高起点”,本来是指对工作的要求要高一些。」 と書いてあるので、昨日今日出てきた単語ではないようだ。

文脈としては、メーカーが新製品を高起点で開発するとか、インフラは高起点で建設するとか、そんなふうに使われている。つまりは、最初から高いレベルを目指してスタートする、そのために最初から要求を厳しくする、とかいうことなんだろうなあと、言いたいことは想像がつく。

でも、訳すとなるとぴたっとした訳が見つからない。百度なんかで検索すると使われてる例が山ほど出てくるけど、どれを訳そうとしてもなんだか間抜けな感じになっちゃう。

こういう語、多いですねえ。日本語のイメージ優先のカタカナ語に通じるものがあるような。

年とともに

本サイトのコンテンツを作るために、留学中にやったテキストを引っ張り出して見ていた。

…忘れてる、すっかり。いやーん、これじゃいくら勉強しても上達しないわけだわ。

ものすごくよく覚えているところもあるんだけど、ノートに「何、これ?」っていうメモもあったりして、がっくりだ。これから年とともに、やってもやっても忘れるが加速していくのかなあ。

そんなわけで、本サイトの更新は今日は挫折。気を紛らわそうと、別のところをちょこっとアップした。

しかし、こんな調子じゃいつになったら全部のコンテンツを作り終わるかわからない。そしてその間にもどんどん忘れるのだ…! 恐怖。

マラソン大会だ!

急ぎの翻訳チェックの仕事を納めて開放感に満たされ、久々に河原へウォーキングに出かけた。mp3プレーヤーに「听力篇」を入れて聞きながら歩く。いやー、こういうときはmp3だねー。以前MDだったときや、それより以前にカセットだったときには1)そんな頃からやっているのか…、ポケットは重いし、重みでイヤホンははずれるし、振動で音はとぎれるし、いいことなかった。

ちょっと風が涼しい河原を歩いていると、某高校のマラソン大会に出くわした。最初は陸上部かと思ったら、いやー来るわ来るわ、数百人のランナーが。先頭を切っていた少年は、ちょっと背は低いけどなかなか整った顔立ちで、とにかく目がよかった。いいねえ、少年はああいう目をしてなきゃ。折り返し地点付近ですでに2位に20メートルくらい差をつけていたが、それを知っているのかいないのか、淡々とまっすぐ走っていて、美しい。それに比べ、後方を走るヤツらはへらへらとおしゃべりしながら私より遅いスピードで歩いており、思わず持っていたウォーキング用ウェイト2)片方535gを投げつけたくなった。

もちろんねえ、人には得意不得意、向き不向き、好き嫌いがあると思うよ。それは個性だ。それは認める。でも、自分に合わなければサボる、嫌いだから手を抜くというのは個性じゃないよね。そのへん、今の学校ははき違えてないか。

さらに行くと、お散歩に来ていた近所の保育園の子どもたちが、かたまって「ファイト、がんばれ」「ファイト、がんばれ」と応援中。中にはその子たちと「Hey」「Hey」とハイタッチ3)保育園児はハイタッチだが、高校生はロータッチしているノリノリな高校生もいた。走れよ…。

結局、マラソン大会に出くわしてからはmp3は流れてるだけで全然聞いていない。

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1. そんな頃からやっているのか…
2. 片方535g
3. 保育園児はハイタッチだが、高校生はロータッチ

映画のチカラ

高校の授業で、映画を見せた。語学だけでなく、中国についていろんなことを学ぶという方針なので、ビデオ教材を探してみたんだけど、なかなかいいのがない。中国の世界遺産を紹介するビデオなんてきれいはきれいだけど、まー退屈だ。

それで結局、映画。1校では『再見 また逢う日まで』、もう1校では『變臉~この櫂に手をそえて~』を。なるべくストーリーがわかりやすく、いろんな中国の様子が見られて、ドラマとしてもよくて、日本語字幕がついてるものという条件で。

どうだろう、今の子はこんなの面白くないかなあ~と思ったら、とんでもない、みんな居眠りもおしゃべりも内職もせず、食い入るように見ている。ときどき簡単なセリフ「爷爷」「谢谢」「好吃吗」なんていうのを聞き取って喜んでいたりもする。

正直、こんなに一所懸命みてくれるとは思わなかった。ずっと先に行って中国語とは縁のない生活になっても、何かのときに「あのとき見た映画」のワンシーンを思い出してくれたらいいんじゃないのかなんて乙女チックなことを思う。

ヘタな授業、チープな教材なんてくそくらえ、やっぱりいい映画のチカラって大きい。