形から入る

えびよめさんのコメントに返事を書きながら、私は「形から入る」なんだと思った。

このあいだ実家の片づけをしていて、参ったのが父親の趣味の道具。特に書道と篆刻と表装に凝っていたんだけど、その材料と道具、手のついてないのが山ほどあった。筆なんてもう売れるほどたくさんありましたね。父親は「形から入る」の典型で、私はその血を受け継いだんだと思いマス、はい。

ところで、片づけをしてる間はおばさんの家に泊まってたんだけど、最後の晩に庭でバーベキューをしてくれた。姪と甥は大喜びで、バーベキューのあとには花火をやると大盛り上がり。

そして、適度に肉を食べ、ほたてを食べ、とうもろこしを食べたところで…甥っ子は突然家の中に入ってパジャマに着替え始めた。「あれ、もう寝巻き着ちゃうの?」と聞いたら、「花火やるから」だって。

なぜか彼の頭の中には、「花火はパジャマを着てする」という図式が出来上がっているようだ。確かに…お風呂あがってからパジャマとか浴衣でしますけどね。バーベキューで煙くさいんだから、そのまま花火やってお風呂に入ればいいと思うのに、花火はどうしてもパジャマでしたいのね。

彼も「形から入る」の血を受け継いでいるのは間違いない。

時間があっても

shrimpさんの自主トレ日記その5がアップされた。

「参加者に必要なのは中国語力よりも「時間」だと言える。」との1文に思わずうなずいてしまった。この間も学習会で友だちと「どうやって勉強時間を作るか」という話になったところだ。

彼女も主婦なので(とはいえ、なんちゃって主婦の私とは違い、彼女は小学生の男の子をかかえる正真正銘の働く主婦である)、時間があるようでない、時間がこま切れになる、という愚痴で一致した。ちまたのノウハウ本に「こま切れ時間をどう使うか」なんていうのがあるくらいで、こま切れ時間に困っている人は多いんだと思う。

私は、どちらかというとエンジンのかかりが遅いほうである。なんちゃってアスリートだった頃、このために大会の1ヶ月くらい前から気持ちが大会モードに入ろうとし、2週間前くらいからテンションが高くなってまったく眠れないということが続いて参った。それでちょっと訓練(メンタルトレーニングっすよ)し、事前に準備さえしておけばわずか30秒で一気にトップモードにもっていくことができるようになった。今でもたまーに役立つときがあるのだが(中国語スピーチコンテストなんかでは役立ちましたねえ)、それは残念ながら、何か準備をしたうえでのパフォーマンスに限られ、日常生活の切り替えにはちっとも役立たない。したがって、私は今でもふとんに入ってから寝つくまでに最低30分はかかってしまう。

こま切れ時間しかない上に、気持ちがいざ勉強にとりかかるまでのアイドリングの時間がさらに必要なんである。ついさっきまでお茶碗洗ってて、30秒後には一気に勉強モードでバリバリ听写やれたらどんなにいいだろうなあ。

孝行のしたい時

おじさんが亡くなった。

去年くらいから病気だったのだが、先月少し悪くなって入院し、もう少しもつと思ったんだけど案外早かった…とのことだ。

ついこのあいだ田舎に帰ったばかりで、そのときちょっと連絡すれば入院していたことがわかってお見舞いに行けたのに…と妹と電話で話し、ちょっと残念な思いがした。後悔もした。電話を切ってから、ちょっと泣いた。

日本では、親とか親戚が元気なうちは(元気だと思っているうちは)わざわざ会いに行ったりしないのが普通じゃないかなあ。おじさんおばさんなんて、話してて気ぶっせいな人の代表みたいなもんだ。でも亡くなってみると、さびしいものである。

父が亡くなってから、葬式だ四十九日だ一周忌だ初盆だ三回忌だと田舎に帰るたびに、「死んでからこんなに田舎に帰ってくるくらいなら、生きてる間にもっとしょっちゅう帰ってきて顔を見てやればよかった」とどんなに自分を責めたことか。そのたびに1人暮らしになって寂しそうな父よりも、「いや、大丈夫だよ、なんとかやってる」とカラ元気で言っている父ばかり思い出す。

「孝行のしたい時には親はなし」これを最初に言った人と自分の気持ちを重ね合わせてみる。人間の気持ちっていつの時代でも変わらないものなのか。

お礼よりおわび

10日ほど前、本サイトに留学関連のコンテンツを少しだけアップした。今日久しぶりにサイトを見てみたら、カウンターが1000以上も増えてる!

思わず何度も何度も見直しちゃいましたよ。1、10、100、1000と位取りまでしながら。

カウンターの故障なんだろうか。それとも、ほんとにみなさんが見てくださったのかしら。

見てくださったみなさん、なんだか…どうもすいません。ありがたいより申し訳ないっす。あんなネタを見ていただいて。

相変わらず愚痴ですが

個人レッスンをしている方が急に転勤することになった。

嫁入り前の娘を(死語)転勤させるっつーだけでもびっくりなのに、辞令から移動まで3週間というすごさ。勤め人って大変なのね。

彼女は勤務が不規則なので、決まった曜日の教室に通えず、個人レッスンでこつこつ勉強していて、少しずつながら確実に力がついてきてるなあと感じていたところだったので、とても惜しい。

行った先で勉強が続けられるかどうか、心配だと言っていたが、私も心配だ!

私も東京から札幌に来たとき、「中国語勉強できるとこなんて、ないじゃんっ!」と2年間も中国語から遠ざかっていたのだが、彼女は札幌からさらに小さな都市に行くんである。

もしやるとしたら、中国人留学生を見つけて個人レッスンしてもらうか(教える能力があって、まじめないい先生にあたるかどうか、冥王星を見つけるように難しい)、日中友好協会のようなところで紹介してもらうか(紹介してくれたら中国人留学生だったりして)、市の国際交流課のようなところで紹介してもらうか(以下、同文)… 中国語教室ならカルチャーセンターとか、なんとかありそうな気もするけど、個人レッスンというのはなかなか大変かもしれない。

こういうとき、つくづくと「地方」を感じてしまう。東京には中国語教室も個人レッスンの先生もよりどりみどりだったのに。以前、相互学習会のサイトを見て東北地方から問い合わせをくれた人がいたんだけど、その熱心さ必死さにうたれると同時に、「地方」の悲しさを強く感じたものだった。

松本清張の『菊枕』という短編を思い出す。日本には、いったいどれだけの「ぬい」がいることか。