本サイトをリニューアル

毎日毎日ただだらだらとパソコンをいじくってるばかりじゃなく、何か実のあることをしようかと思い、サイトの更新をすることにした。自分のサイトの更新が実のあることなのか?という疑問はさておき。

留学中のことを記録に残しておこうと思っているのだが、これが結構たいへん。簡単にパパっとできることじゃないことがわかり、結局トップページを少しいじくって終わってしまった。

写真以外どこが変わったのよと言われてしまいそうだが、でも枠なんてつけちゃってちょっと垢抜けたんじゃないかと。自己満足と言われてもしょうがない。サイトを作るのって作業が細かくって、やってるうちにだんだん自己陶酔してきちゃうのよね。そもそも、雨の降ってる写真なんてそうそうないわけ。それを見つけただけでももう満足。ああ。

…というわけで、留学中の記録のアップはまだまだ先のことになりそうです。でもやる気があるということだけは一応言っとこうかなあ。言うとやらなきゃっていう気になるかもしれないし。期待はあまりしないでください。

コメントさまざま

朝起きたら、荒川静香が金メダルとってた。あらまあ~。積極的に見ようと思ってるわけでもないのに、今日だけでもう10回くらい見ちゃった。たぶん今もリピート放送されているだろう。あ、トゥーランドット聞こえてるし。

本人、まさかとれると思ってなくてびっくりした、競技1本でずっとやってきたわけじゃないので…というコメントをしているけど、勝つときってそんなものなのかもね。

いろんな競技の選手がコメントしてるところを見るけど、いい選手、強い選手というのはなぜかコメントもしっかりしてる。フィギュアの3人はみんな比較的きちんとした話し方をしてると思うけど、おいおいおいと言いたいような選手もいっぱいいる。

荒川選手金メダルのニュースを聞いた街の反応の中にも「朝早起きして見てました。おめでとう」なんていう育ちのよさを感じるコメントもあれば、「すごい、幸せです~」なんていうおバカなコメントもあった。あなたがとったわけでもないのに幸せって…。

かつてマラソンの有森裕子がメダルを取って「自分で自分をほめたい」と言ったことがありましたね。あれもいいコメントだったと思うけど、それが1人歩きしてしかも勝手に変化して「自分で自分をほめてあげたい」という人がいる。自分に対してあげたいを使うのはどうなんでしょうね。有森さんはそんなおバカな日本語使ってません。

お友だちのShiraさんのブログで嫌いな日本語について書かれていた。うなずきながら読んだ。

コメントにも書いたけど、言語というのは変わっていくものなので「日本語は乱れている」と言ってる人には引いてしまうけど、それでもその時代その時代で言語の規範というのはあるので、必要なときには規範にのっとった日本語を使いたいと思う。そして、そういう言葉を使えるということは一種のステータスだと思う。

ホテル・ルワンダを見てきた

札幌では今日木曜日がレディースデイなので、『ホテル・ルワンダ』を見てきた。

入場前には人が並んでいたのでちょっとびっくり。その割には人がいっぱいというほどでもなかったんだけど、札幌に来てから映画館で映画を見るのはこれで3回目か4回目くらいで、ふだんどのくらい人が入るものなんだか知らないので、もしかしたらやっぱりけっこう入っているのかもしれない。娯楽映画でもないし、レディースデイだからって女の人が大喜びする映画でもないし、平日の昼間だし、それで並ぶっていうのはね。

映画はやっぱり去年の夏に飛行機で見たときとは全然違った。あの時はものすごいものを見つけてしまった気がして、1人でも多くの人に知らせたくて、じっとしていられない気持ちになった。

今回は、すごく怖い。人があれだけ凶暴になれること、人があれだけ弱い存在であること、人があんな憎しみ合いの原因を作れること、自分が何もできないこと、ただ怖いと思う。

学習会について考えた

学習会の日。いっしょに勉強している友だちとしゃべりながら帰った。

今、学習会に来ている人はみんなレベルが高い。HSKなら8級前後、中検なら準1級前後といったところだ。はっきり言えば、札幌ではこのレベルの人が勉強を続けられるような中国語教室というのは(あそこ以外には)まずない。

だからこその学習会だったんだけど、逆に言えばみんなレベルが高いために学習会に対するモチベーションが高まらないという面もあるんじゃないかとふと思ったのだ。

このレベルがあって、それを生かせる仕事についていて、なおかつそれに大きな不満がなければ、無理をしてさらにレベルを上げるという必要はあまりないわけだ。勉強しなければレベルが下がっていく、もっと勉強したい、レベルを上げたいという気持ちはみんな持っている。でも仕事のほかにさらに時間をさいて勉強してレベルを上げたとして、それが目に見える形で報われるのかという問題もあるわけだ。勉強してレベルが上がれば目に見えやすいフリーランスとはそこがちょっと違う。

ただ勉強する機会を作った、というだけでは学習会は続いていかないという気がする。かといって、学習会が勉強の目標を与えることはできない。目標のある人が学習会に来るのだ。

結局、語学の勉強は1人でするしかないという面はあると思うけど、それでもみんなが集まって勉強するという意味が絶対あるはずだ。それを明確にしていかなければと思う。