ある意味天国

学校内に(学校のまわりにも)コピーサービスがいっぱいある。コピーだけじゃなく、PCファイルの印刷もしてくれる。いつ行っても学生がいっぱいいて、レポートだの、就活に使う自己推薦書だのを印刷している。

今日はちょっと必要なWord文書があったので、FDに入れて印刷に行った。

FDには参考になりそうな論文のデータも一緒に入っていた。これはcajというファイルで、専用のアプリをダウンロードしないと見れない。教えてもらってダウンロードしたのだが、簡体字が表示されず、結局見れなかった。日本語Windowsではダメなのかもしれない。ところが、コピーサービスのところのPCで私のFDをあけたら、このcajファイルのアイコンがちゃんと表示されている。老板に「このファイルも印刷できるの?」と聞いたら「大丈夫だよ」という。cajを見れるアプリをインストールしてあるらしい。よかった。今度全部もってきて印刷してもらおう。

ここはほんとに便利だ。同学がHSKの問題集をみんなで1冊買い、全ページを人数分コピーして使っていたこともある1)そこまでしなくても本は安いと思うんだけどね。以前、日本からある申請書に写真が必要なので、写真をFAXしろ、さしあたりそれを貼るからと連絡がきた。でもFAXは国内に1枚送るのでも5元する2)日本にだったら10元くらいするんじゃないかのに、もってきた証明写真をスキャンしてデジタルデータにしてもらったら2角。その写真をメールで送ればFAXの写真なんてバカなものを貼らなくてもいい。

ここはできることはたいていやってくれる。中国のPCってとことん利用されてるなあと思う。利用者にとっては天国だ。まあ、日本だったらやっちゃいけないこともいろいろあるんだけどね……

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1. そこまでしなくても本は安いと思うんだけどね
2. 日本にだったら10元くらいするんじゃないか

ゴキゲンな運転手

友だちと街へ行って、帰りにタクシーに乗った。ドアを閉めて「外院1)西安外語の略称。タクシーの運転手にはほぼ100%これでOK」と言ったら、車をスタートさせて「どこ?」と聞く。また「外院」と言ったら「どこだって?」と聞く。あれ、私の発音そんなに悪い?今度はかなりゆっくり、はっきり「西安外語学院」と言ったらちょっとにやにやしながら「聞き取れないなあ」と言うので、やっとからかってるんだとわかった。

そこで「えっ、聞き取れないの?中国人じゃないの?」と切り返してやったら「こんな兵馬傭みたいな顔で中国人じゃないわけないだろう」と言い、「どうだ、俺の顔、兵馬傭に似てないか」と聞く。しげしげと見るとやたらにでかい四角い顔、顔と同じ幅の首、切れた目、でかい鼻、うーん確かに似てる。「やっぱり同じ秦人だからなあ、西安にはこういう顔が多いんだよ」と言う。

それからどこから来た、という話になり、友だちの1人が仙台からだと言うと、「おお、仙台は古都だろう。テレビで見たことあるよ。魯迅が行ったとこだよなあ」となかなか学がある。みんな勉強しに来たのか、もう生活は慣れたかと言うので「西安は空気が悪くって」と言うと、「そおーなんだよおー。ほかはともかく空気はほんとに悪い」と力を入れて賛同してくれた。

外院についたら8.3元。10元出したら2元おつりをくれたので、「3毛ないの」と言ったら「いやいや、いらん」とサービスしてくれた。降りて「安全運転でね」と言ったら兵馬傭は手をふって「謝謝~」と走り去っていった。

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1. 西安外語の略称。タクシーの運転手にはほぼ100%これでOK

図書館に

図書館の貸し出しカードを作りに行った。もうあと2ヵ月で帰るのに今ごろ!なのだが、論文の参考資料を集めておこうかなんつー殊勝な考えで。

保証金200元は持っていたんだけど、写真がなくて部屋へ取りに帰るはめになった。もう1回来てお金を払って写真を渡すと、机のはじのほうにポンと置いて、来週取りに来いと言う。えっ、だって今何もしてないじゃん。私がさっき来たときも、今も、何もしないでボーっと机の前に座ってるだけじゃん。今作ってくれればいいじゃんっ。カード1枚作るのになぜ1週間もっ!?…という考えが一瞬よぎったが、私は中国初心者ではない。次の瞬間にはまっ、いつものことだと思い1)とはいえ、図書館のネットルームではインターネットカードをその場で3分で作ってくれた、閲覧室を覗くのだけはOKということを確認して行ってみた。

閲覧室に入るとさっそく呼び止められる。何しに来たんじゃ、ということだ。あっ、見に来たんです。貸し出しカードまだできてないんで。と言ったら中国人学生じゃないとバレたらしく、相手は早速英語に切り替えてきた。Korea? Japan?もうそこからは全部英語。この部屋は貸し出しカードがないと入れないのよ、それに禁帯出の本ばっかりなの、でも今日は最初だし見るだけなら見てもいいけど。そしてDo you understand?と言うので、中国語でわかります、でも英語より中国語のほうがいいんですと答えた。あらそう、中国語わからないと困ると思ったから。

こういうことは割としょっちゅうある。英語が世界共通語だという認識に反論するつもりはないけど、私は最初から中国語で話してるのに、なぜ英語で押し通そうとするのかなあ。私だったら、中国に勉強に来ている人にはまず中国語で話してあげるのが相手に対する敬意だと思うんだけど。…っつうか、英語そんなにできないんで、中国語でよろしく。

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1. とはいえ、図書館のネットルームではインターネットカードをその場で3分で作ってくれた

おさぼり

のどの痛みがずっととれない。たぶん風邪なんだと思うけど、風邪なら熱ががーっと出てくれれば一気に治るのに、熱が出ないということは、熱も出ないほど体力が落ちてるということなのか。

ゆうべは葛優の「手機」のVCDを借りてきて見た。先週の作文の授業でこれを見て、感想なりコメントなり意見なりを書くように言われたのだが、セリフが多くてちょっと難しかったのでもう1回見ようと思ったのだ。でもVCDの字幕がボケボケで、しかも黒い画面だろうと白い画面だろうとすべて白字だったので、あまり役に立たなかった。やっぱりDVDを買うべきか。見終わったらまだ10時だったので、ついでにこのあいだ買った「黄土地」も見た。暗かった。こういうことしてるから風邪が治らないんだよね。

今日から言語実践でみんな旅行に行く。私は旅行は行かないことにしたので、現代漢語の授業にでも出ようかと思って朝授業に行ったら、もう始まっていて、しかもテストをやっていた。中国人学生の期中試験だ。留学生は受けなくていいので、言語実践の期間にやったんだろう。途中で入っていくのも申し訳ないのでサボって図書館に行く。

図書館の1階にコンピュータルームがあって、10元でカードを作ると1時間1.5元で使える。留学して半年以上たって始めて知った。事務局も、こういうことを教えてくれって。ネットカフェのほうが安いことは安いが、図書館のほうが落ち着くし、フロッピーを使っていいのでちょっと便利だ。

私が「互相学習」しない理由

留学も実質的にあと2ヵ月になった。何か身になることをしたいんだけど、何をしたらいいだろうか。あれこれ考えたり、友だちと話したりしたんだけど、今のところ一番身になる勉強はやっぱり授業だという結論に達した。

私の知る限り、日本人留学生はほとんどが「補導」を頼んでいて、「互相学習」をしている人はあまりいない。聞いてみるとお互いのレベルが違って勉強にならない(特に日本側の口語のレベルが低い)、何をやるかきちんと決めないので勉強にならない(これは中国側が単なるおしゃべりをしたがる傾向があるようだ)という意見が多い。私も以前キャンパスで声をかけられて断りきれず「互相学習」を1、2回やったことがあるけど、もうやりたくない。理由はいろいろある。でも一番大きな理由は申し訳ないけれど、今の中国の大学生があまりにも知識偏重で得ることがあると思えないからだ。

彼らは激烈な受験戦争を勝ち抜いてきたので、確かに何でもよく知ってるし、日本語も流暢にしゃべるけれど、自分が習ったこと、本や辞書に書いてあることだけが正しいと信じ、ほかの考え方や意見を認めようとしない。以前、日本語を教えている先生と日本語学科の学生と話しているとき、「季節ごとに」というフレーズを「せつとに」というアクセントで言ったので、私たちが「きせつごとに」だよと直したら、いや、季節のアクセントは頭高だといってきかない。最後に辞書を持ち出し、ほら、頭高でしょといって勝ち誇った顔をしている。こっちは白けてしまってそれ以上は何もいう気がしなかった。この子の場合はアクセントが変化するという基本的な知識が欠けていてレベルが低かったんだけど、それよりも自分の習った知識を絶対だと思い、ネイティブの意見より辞書を信用するという態度が我慢できなかった。

ここんとこ続いていた教育実習生の授業もそのパターンだ。内容が哲学的な文章だったので、誤解やいろんな意見が出ることは避けられないと思う。でも彼らは筆者はこの文をこういう意味で書いているんだ、という自分の解釈を説明し、「わかった?」と言うだけ。こっちが違う意見を言うとだんだんいらいらしてくる。意見の違いがこちらの中国語力不足なのか、解釈の違いなのかも判断しようとしない。

日本もそうだけど、今は勉強というものが「これとこれを覚えたら合格」というふうにマニュアル化されていて、マニュアルを要領よくこなせる学生が優秀だ。私は勉強していて、答えが1つじゃないことが面白いと思うし、人と意見が違うことが貴重だと思うし、それを分析したり違いを生む背景を探ったりする過程が楽しいと思う。

幸い、漢学院の先生方は私のこういう考えを理解してくれるので、やっぱり授業を一生懸命やるというのが今のところ一番いい勉強法のようだ。